2026年10月8日、SRAジャパンは、千葉県船橋市の海光物産株式会社のご協力のもと、東京湾の漁業について学ぶ「FOOD MADE GOOD フィールドワーク in 船橋」を開催しました。
今回のフィールドワークのきっかけとなったのは、2026年4月、SRAジャパンの生産者パートナーである海光物産の大野和彦社長が取り組むクラウドファンディングのプロジェクトに、SRAジャパン代表の下田屋が参加したことでした。
プロジェクトのテーマは、「地元の漁業を守り、コノシロの絵本を作り、子どもたちに自分らしく生きることの大切さを伝えること」。
「孫が生まれたことがきっかけ。子どもたちに、豊かで明るい未来を残してやりたい」大野社長は優しい笑顔で語ります。
海光物産は、「瞬〆すずき」や「さわらの神」などのブランド化を進め、全国の有名ホテルや飲食店に海産物を届けている水産会社です。また、東京湾の水産資源を次世代に残すため、資源管理に取り組み、持続可能な漁業の実現に向けて、さまざまな活動や働きかけを行う、サステナビリティを重視した先進的な取り組みを展開しています。
今回のフィールドワークの目的は、江戸前の豊かな水産資源と漁業を未来につなぐために、海光物産がどのような取り組みを行っているのか、実際の漁業の現場を訪ね、体験を通じて学ぶことでした。
なぜコノシロなのか
コノシロは、江戸前寿司の人気のネタである「コハダ」の成魚の名前で、イワシと同じニシン目ニシン科の魚です。成長に伴って呼び名が変わる出世魚として知られ、幼魚のシンコは、旬の夏には1キロ当たり数万円の値がつくこともある高級魚です。若魚のコハダも1キロ当たり数千円で取引される一方、成魚のコノシロになると、小骨が多く調理に手間がかかることなどから需要が限られ、1キロ当たり数十円程度にしかならないこともあるそうです。そのため、低利用魚とされています。
スズキのブランド化を進める海光物産が、なぜコノシロ漁にも力を注ぐのでしょうか。
東京湾の特徴
その背景を理解するために、まずは船橋漁港から見た東京湾の地形を確認してみます。
地図の赤い丸印が、今回の出発地点となった船橋漁港です。
船橋市を中心に一体に広がるこのあたりの浅瀬は「三番瀬(さんばんぜ)」と呼ばれ、古来から多様な生き物が生息する豊かな海域として知られています。東京湾は、江戸前寿司に代表される江戸の食文化を支えてきた海でもあります。なかでもコハダは、冷蔵技術がなかった時代に、酢で締めることで保存性を高めた、江戸前寿司を代表する魚のひとつです。
東京湾には、多摩川、荒川、隅田川、江戸川など、多くの河川が流れ込み、陸域からさまざまな栄養分が運ばれてきます。こうした栄養分が、東京湾の豊かな生態系を支える要因のひとつとなっています。
そのため、この海域は水深が浅く、河川から運ばれた土砂が堆積する場所でもあります。海上では、海底にたまった土砂を取り除く作業船も見られました。船舶の航行に必要な水深を確保し、座礁を防ぐための作業とのことで、東京湾で見られる独特の光景だそうです。
この漁が行われているのは、こうした閉鎖性が高く水深が浅い海域です。沿岸の多くは埋め立てや開発によって人工的な護岸となり、商業施設や工業地帯が広がっています。都市活動や工場排水などが海の環境に与える影響も気になるところですが、国や自治体による排水規制など、さまざまな対策が講じられ、水質は保たれているのだといいます。
船は船橋漁港を出発し、左手に陸地を見ながら千葉方面へと向かいました。航路は岸からわずか数百メートルほどしか離れておらず、都市のすぐそばに漁場が広がっていることがわかります。
地図の矢印の方向へ進み、約1時間で漁場に到着しました。地図上では、長方形で赤く示したあたりです。
そして巻き網漁の現場へ
そして、巻き網漁船と合流。まき網漁法は、1隻の網船が中心となって円を描くように網を投入する1隻巻き(いっそうまき)と、2隻の漁船が息を合わせ、ひとつの大きな網で魚群を囲い込む2隻巻き(にそうまき)の2通りの方法があり、海光物産が行うのは2隻巻きです。さらに、パワーのあるエンジンを詰んだ小さな補助船(デブネ・伝馬船・テンマなどど呼ばれる)が、2隻の位置を修正したり、全ての業務を効率よく、迅速に行えるよう、調整している様子も見ることができました。
巻き網漁は、魚の群れを見つけ、その周囲に網を展開して漁獲する漁法です。遠くから見ると、直径百メートル以上の巨大な網が海面に広がっている様子が、はっきりとわかります。写真の赤い線で囲んだ部分が、その網です。
魚は昼夜で行動を変え、日中に群れを形成して活動する魚種も多いそうです。漁師たちは魚の習性や潮の流れなどを見極めながら、魚群を探して網をかけていきます。
続いて、2隻の漁船は、互いの動きを合わせながら徐々に距離を縮め、きんちゃく袋のひもをしばるような要領で、網を少しずつ手繰り寄せるように巻き上げていきます。海鳥が海面に浮かんでくる魚を狙って集まってきています。
2隻の漁船がさらに距離を縮めると、網の中に集められた魚が海面に姿を現し始めました。
そこへ3隻目となる、私たちが乗船していた「運搬船」が横付けされました。運搬船と漁船をロープでつなぎ、3隻が一体となって、網の中の魚をすくい上げる作業が始まりました。
運搬船に次々と引き上げられる魚たち。そのほとんどはコノシロですが、網を引き上げるたびに、数匹のスズキやクロダイも混ざっていました。
スズキとクロダイは手作業で選別され、生きたまま船内の生簀へ移されます。一方、コノシロは氷水を張った船底の貯蔵庫に収められていきます。
この作業は、網の中の魚を引き上げ終えるまで何度も繰り返されます。最後には、エイやサメなど、食用としての流通が限られる魚種も見られました。これらは一度船上に引き上げられた後、船体側面の排出口から海へと戻されていました。
巻き網漁は、魚群を効率よく漁獲できる一方で、対象とする魚以外の生き物を捕獲する「混獲」や、過剰漁獲のリスクもある漁法とされています。今回の見学でも、サメやエイが混獲されていましたが、速やかに放流される様子を確認することができました。
海光物産では、こうした巻き網漁の課題を回避するために、漁獲量や混獲魚種の記録、産卵期の魚をとらないことや、不要な漁獲物の放流なども行い、漁業を資源の確保の面から持続可能なものにすることを実践しています。
漁港での水揚げ
漁を終えて港に戻ると、水揚げ作業が始まります。氷水で冷やされたコノシロは、そのままコンテナへと移されていきました。
大野社長によると、取引先の冷凍加工会社では、1回当たり40トンの受け入れ体制があるため、その処理能力に合わせて漁獲量を調整しているそうです。受け入れ能力がさらに大きければ、さらに多く漁獲することも技術的には可能とのことでした。
一度の操業で大量の魚を漁獲できる巻き網漁の特徴を知ると同時に、漁獲能力の高さゆえに、資源の状態を把握し、適切な漁獲量を管理することの重要性も見えてきます。また東京湾の食資源の可能性も知ることができました。
一方、スズキは生きたまま海水を満たした生簀へと移されます。
ここから、漁師のみなさんが生簀のまわりに出刃包丁を持って集まり、鮮度を保つための処理が始まります。まず、尾の付け根とエラの部分に包丁を入れ、氷水の中で血抜きを行います。血を適切に取り除くことで、魚の臭みや品質の低下を抑えることができます。
約20分間、氷水の中で血抜きをした後、次の工程である神経締めへと進みます。
数百匹ものスズキが、スピーディに処理されていく様子は圧巻でした。巻き網漁での操業から、水揚げ後の鮮度管理に至るまで、漁師のみなさんの熟練した技術と、信頼関係にもとづくチームワークが、魚の品質を支えていることがよくわかります。
コノシロの可能性
海光物産の大野社長は、コノシロの可能性について、次のように語ります。
「コノシロは、東京湾の貴重な資源です。骨が多くて食べにくいため、一般家庭や飲食店ではあまり利用されず、漁業用の餌などとして、1キロ当たり数十円程度の価格しかつきませんでした。
それが、加工や流通の工夫によって、最近では100円程度まで上がってきました。さらに価値を高めることができれば、漁師は全体の魚を獲る量を減らしても、収入を確保できるようになります。
また、地元の子どもたちに学校給食を通じてコノシロを食べてもらうための活動にも取り組んでいます。コノシロの安定的な需要を生み出すとともに、子どもたちに自分たちが暮らす地域の海や漁業について、もっと知ってもらいたい。そんな思いから、行政にも働きかけながら、志を同じくする仲間たちと活動を進めています。
コノシロの価値が上がれば、漁師の収入も上がります。今は漁師になりたいという若者が減っていますが、収入が安定すれば、漁業を志す人も増えるかもしれません。それは、江戸前の伝統的な食文化を守ることにも、地域の食料供給を支えることにもつながります。
だからこそ、コノシロの活用に取り組むことには、大きな意義があるのです」
千葉県は、全国有数のスズキの産地として知られています。なかでも船橋は全国トップクラスの漁獲量を誇り、船橋産のスズキは市場でも高く評価され、地域の漁業者にとって重要な収入源となっています。
しかし、高い値がつく魚ばかりを狙い、過剰に漁獲することになれば、将来の水産資源に影響を及ぼす可能性があります。
そこで重要になるのが、コノシロの価値を高め、有効活用していくという考え方です。
これまで十分に食用として利用されてこなかったコノシロに新たな需要を生み出すことは、漁業者の収入源を多様化し、スズキなど特定の魚種への漁獲集中を抑えることにもつながる可能性があります。
ここにあるのは、単に「未利用魚 / 低利用魚を活用することがサステナブル」という考え方ではありません。
海の生態系を守り、漁業者の暮らしを支え、地域の食文化を次世代へつなぐ。そのすべてを結びつけながら、持続可能な漁業を実現しようとする取り組みです。
最後に、クラウドファンディングによって出版された絵本『ふなばしの海のおはなし コノシロさんちのハルちゃん』が参加者に配られました。
この絵本は、大野社長が代表を務める一般社団法人「伝統江戸前漁業を未来につなぐ会」が制作したもので、300冊が船橋市に寄贈され、市内の小学校にも配布されました。
この絵本が子どもたちと地元の海をつなぎ、東京湾の豊かな恵みと江戸前の漁業を未来へ受け継ぐきっかけになることをわたしたちも心から願っています。
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