保護中: レストランはいかにして「ラグジュアリーダイニング」を再定義し、サーキュラリティを取り入れるのか
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未来のレシピコンテスト2025 ファイナリスト
片桐理乃 かたぎりりの(名古屋調理師学校2025年3月卒業)
2006年愛知県一宮市生まれ。地域と食・農のつながりに関心を持ち、地域みらい留学制度を利用して徳島県立城西高等学校神山校の食農プロデュースコースに進学。地産地消や農業に関わる学びを通して、食材が育ち料理として届くまでの過程を学ぶ。2024年よりDEAN&DELUCAでの勤務を経験し、料理の視野を広げるため2025年4月に名古屋調理師専門学校へ入学。2026年4月より名古屋調理師専門学校の教職員として勤務。
片桐理乃さんは1年間、調理師専門学校のテクニカル調理コースで、日本料理・西洋料理・中国料理・製菓を横断的に学び、現在は同校の教職員として勤務している。
食をツールに、人と人がつながる場をつくりたいと話す彼女。その原点は、小学校6年生のときに母と一緒に手作りしたおせち料理だった。
それまでおせちは「買うもの」で、どこか苦手意識もあったが、手作りして初めて味わったおいしさに心を動かされ、「料理ってこんなに楽しいんだ」と感じたことが、食への関心の出発点になったという。
地元・愛知県を離れ、高校は地域みらい留学を通して、徳島県神山町で地域創生を掲げる学校の農業コースに進学。小麦栽培や耕作放棄地の開墾、野菜づくりに取り組んだ。寮で三食自炊をしながら暮らす中で、食が生活と深く結びついていることを体感した。
神山町では「かま屋」という食堂でアルバイトも経験した。農家から食材リストを受け取り、旬のものを中心にメニューを組み立てる仕組みや、町内循環を意識した運営を間近で見てきた。ここで、食材を無駄にしないこと、旬を大切にすること、顔の見える生産者から買うことを、体験を通して学んできた。
それでも、スーパーには一年中同じ食材が並ぶ現実の中で、「意識したい人」と「関心が薄い人」との間にある壁も感じていた。サステナブルな食の輪を広げることの難しさを、生活の中で実感していたという。
未来のレシピコンテストを知ったのは、学校の先生からの紹介だった。「プラントベース」「ベターミート」という言葉は神山町で耳にしていたものの、体験的に学んだことはなかった。調理師学校に通っている今だからこそ挑戦できるテーマだと感じ、応募を決めた。
レシピづくりは、まず「神山町にスポットを当てること」から始まった。
「今回レシピで伝えたかったことは、人と人がつながることの主軸に、食があったらいいということです。そういう思いに気づかせてくれたのが神山町だったので、神山町の食材を使いたいと思いました」
目指したのは、調味を重ねるおいしさではなく、できるだけシンプルに素材の良さを引き出す一皿だった。
「自分の中にある料理の楽しさって、調味料をたくさん使う美味しさももちろんあるけれど、塩だけなど、できるだけシンプルな調理法で、その食材の良さを引き立たせる美味しさを知ってもらうことだと思っていて。そういう美味しさを届けたいなと思いました」
つながりのある農家に旬の食材を聞き、「かま屋」での調理経験を思い出しながら、素材と調理法を組み合わせていった。塩を先に振って火入れを短くするなど、火力や調理時間を意識した工夫は、先生からの助言が大きかったという。
最も難しかったのは、「一皿を言葉で表現すること」だった。
「表記の仕方ひとつひとつに悩みました。こういう風に書いたらいいのかな、とか。自分の中では見えている工程や思いがあるけれど、それを他の人がパッと見て分かるように伝えることの難しさをすごく感じました」
その中で学校の先生は夜遅くまで試作に付き合い、知識を共有し、選択の後押しをしてくれた。提出文を書く際にかけられた、「小難しく理由を重ねなくていい。料理と同じで、シンプルに書けば伝わる」という言葉は、強く心に残っているという。
コンテストを通して片桐さんが感じたのは、「一皿の重さ」だった。
「受け取る側からしたら、ただの“一皿”かもしれないのですが、自分が作る側になると、そこにはいろんなストーリーがあったり、一皿が完成するまでのプロセスが本当に大きくて。そういう背景を含めた“重さ”や“壮大さ”みたいなものを感じました」
日常の調理でも、味付けだけでなく、火をかける時間そのものを意識するようになった。時短や効率が環境配慮にもつながることを知り、家庭でも調理時間を見直すようになったという。
コンテストの後、新たな可能性が生まれている。神山で狩猟免許を持つ後輩とレシピを掛け合わせたコラボイベントのアイデアが生まれたほか、高校でも卒業生が振る舞うランチ企画の話が広がった。
「食を通じて人をつなぐ」という自身の目標が、少しずつ形になり始めていると感じている。
「参加前は正直あまり自信がなくて、『レシピなんてできるのかな』って思っていました。でも、先生のサポートがあったり、一緒に参加した仲間の支えがあったりして、最終的に提出するところまでたどり着くことができました」
「どんなコンテストにも出たことがなかった自分が、好きな料理で自信を持てた時間でした」
ファイナリストに選ばれたかどうかに関わらず、コンテスト期間そのものが成長の時間だったと振り返る。
「自信がなくても、誰かにサポートしてもらいながら取り組む中で、自分の中にある思いや、『これを大切にしたいんだな』という気持ちに改めて気づくきっかけになると思います。もし参加を悩んでいる人がいたら、ぜひ挑戦してみてほしいです」
「食べることは共に生きること」という考えのもと、狩猟された鹿肉と神山の豊かな自然で育った有機野菜を組み合わせた。旬や規格に縛られず、負荷をかけずに育った食材の美味しさを通して、生産者と消費者をつなぐ一皿を目指している。
未来のレシピコンテスト2025 ファイナリスト
宮川 勇気 みやがわ ゆうき(Cafémozart Theo)
調理師専門学校卒業後、東京の赤坂四川飯店や渋谷のスーツァンレストラン陳で研鑽を積む。結婚を機に宮城へ移住し、現在はカフェ業態の店舗で商品開発や料理研修を担当。伝統的な中国料理の技法を軸に、地域食材を生かした表現に取り組む。
宮川勇気さんは現在、宮城県でカフェ業態の店舗に勤務しながら、料理の商品開発やスタッフ向けの料理研修を担当している料理人だ。
調理師専門学校を卒業後、中国料理の道を選び、東京の四川飯店をはじめとする系列店で約8年間修業を積んだ。高級中国料理店で培った技術と経験を、より多くの人に届けたいという思いから、結婚と子育てを機に宮城へ移住。現在は、家庭との時間を大切にしながら料理と向き合っている。
現職では、既存のカフェメニューに中華の要素を取り入れる提案を行い、エビチリや油淋鶏などを“カフェらしい見せ方”で提供するなど、新しい表現にも取り組んでいる。将来的には、自身の店を持つことも視野に入れ、「中華カフェ」というコンセプトを描いている。
未来のレシピコンテストに参加する以前、宮川さんにとって「サステナビリティ」は言葉として知っている程度のものだったという。
ただし、前職で生産者を訪ね、直接食材を仕入れるシェフの姿を間近で見てきた経験から、「良い食材に触れること」の重要性は感覚的に理解していた。
今回のコンテストでは、「ベターミート」「プラントベース」というテーマをきっかけに、輸送コストや地域性といった観点から改めて食材を見直した。東北に暮らす料理人として、「地元の食材を使うこと」が自然な選択肢として浮かび、山形県の庄内鴨にたどり着いた。
最も難しかったのは、「食べてもらえない料理を、言葉だけで伝えること」だった。
今回のコンテストは実食審査がなく、レシピと文章のみで評価される。そのため、味や香り、食感、背景にある思いをどう言語化するかに強いプレッシャーを感じたという。
また、中国料理は油分が多く、こってりとした印象を持たれがちだ。
「中国料理とサステナビリティをどう結びつけるか」は、制作を通して常に意識していた葛藤でもあった。
提出した作品は、「庄内鴨を使った2種の味わい 七つ森ふもと舞茸のXO醬を添えて」。
一貫生産と地域内循環に取り組む山形県・三井農場の庄内鴨を、ロースとササミという異なる部位で構成し、中国四川料理の名菜である樟茶鴨(スモークダック)と灯影牛肉(麻辣ビーフジャーキー)から発想を得て、一皿に仕立てた。
付け合わせには、宮城県の七つ森ふもと舞茸を使ったプラントベースのキノコXO醬を添え、肉と植物性素材の対比も意識している。
このプロセスを通じて、宮川さんは「自分の料理が形になり、他の料理人に届いた」という確かな手応えを感じたという。
また、文章で伝える経験を重ねたことで、「思いを言語化する力」が以前より身についたと感じている。
今後は、より多くのコンテストに挑戦しながら、自身の料理の精度を高めていきたいと考えている。
最終的な目標は、自分の店を持つこと。中華料理の技術をベースに、カフェという開かれた場で、多くの人に料理を届けることを思い描いている。
また、将来的には新潟への帰郷も視野に入れつつ、料理人としての経験を積み重ねていきたいという。
「とにかく、やってみることが大事だと思います」
宮川さんはそう語る。
コンテストでは、通る作品もあれば、通らない作品もある。しかし、その差を考え続けること自体が、料理人としての成長につながるという。
「ダメだったときのほうが、印象に残るし、次につながる。だからこそ、挑戦する数は多いほうがいいと思います」
未来のレシピコンテストは、結果だけでなく、考え、調べ、言葉にする過程そのものが糧になる場だったと振り返る。
『庄内鴨を使った2種の味わい 七つ森ふもと舞茸のXO醬を添えて』山形・三井農場の庄内鴨を、ロースとササミの二種で表現。四川料理の樟茶鴨と灯影牛肉から着想を得て構成し、宮城・七つ森ふもと舞茸のキノコXO醬を添えた。東北の食材と循環の取り組みを、中国料理の技法で昇華した一皿。
未来のレシピコンテスト2025 学生部門賞
横井 瑚子 よこいここ(名古屋調理師学校3月卒業)
1999年三重県志摩市生まれ。岐阜大学地域科学部を卒業後、2022年よりリファインホールディングス株式会社に入社し、新規事業部「食のリファイン推進室」にて勤務。食と資源循環に関わる取り組みに携わる。その後、料理人として食により深く関わることを志し、2025年4月に名古屋調理師専門学校へ入学。調理技術の習得とともに、持続可能な食のあり方を学び、2025年3月に卒業した。
1年間、名古屋調理師学校でアレルギー対応や薬膳など、食と体のつながりを中心に学んだ横井瑚子さん。学校では、調理技術だけでなく、「食べる人の体や背景」を意識した料理づくりを学んでいる。
この進路を選んだ背景には、大学時代の経験が大きく影響している。横井さんは大学でまちづくりを学び、実際に地方の農村に入り、地域の人々や自然とともに暮らす経験を重ねてきた。
「大学生のときにまちづくりを学んでいて、実際に田舎に入って、地域の方と自然とのつながりの中で暮らしたり、いろいろな農業に携わらせていただいたり、住み込みで伝統的な干し柿づくりのアルバイトをさせてもらったりしました」
その中で、食と自然、そして人との関係に強い関心を持つようになったという。
「地域のおじいちゃんやおばあちゃんから、『昔はこれが採れていたのに』という話を聞く機会も多くて、環境の変化を実感しました。そうした経験を通して、いい食材、本物の食材が確かに存在することを、現地で知りました」
一方で、そうした食材が社会に十分に届いていない現実にも直面した。
「大量生産・大量消費の中で社会が動いてしまっているという矛盾を感じていました。でも当時の私は食に関する専門知識がなく、それを届ける力がありませんでした。だからこそ調理師学校に来ました」
この経験は、横井さんの現在の軸となっている。
「いまも変わらず、生産者と消費者、自然と人を“つなげられる人”になりたいというテーマを持って過ごしています」
コンテスト参加以前から、横井さんはサステナビリティに関心を持っていた。その背景には、大学卒業後の3年間の社会人経験がある。環境や資源循環をテーマにした会社で働き、食の新規事業の立ち上げに関わっていた。
出産を経験した雌牛である経産牛に、地域資源からつくった飼料を与え、その肉をブランド化して価値を高める取り組みに携わった。廃棄されがちな資源を活かし、地域循環の中で新しい価値を生み出す経験は、彼女の食に対する視点を大きく形づくった。
この経験と、大学時代の農村での暮らしが重なり、「食・環境・地域」を結びつけて考える姿勢が育まれていったのだ。
未来のレシピコンテストへの参加を決めた背景には、自身の中にあった葛藤があった。環境や食に対する強い思いはあったものの、それを具体的な料理として表現した経験はなかった。
「これまでは“思い”だけで生きてきた部分があったので、それを形にするチャンスだと思いました。他の料理人さんとは違って、レシピを一から考えたことがないという点が一番不安でしたが、学校のサポートもあったので挑戦してみようと思いました」
コンテストのレシピづくりの過程で、横井さんは自分自身の課題と真正面から向き合うことになった。それは「思いが先行しがちで、料理としての完成度が追いついていない」という悩みだった。
「私の場合はどうしても思いが先行しがちで、『これは環境にいいものですよ』と提供したとしても、それが刺さるのはもともとその分野に関心がある人たちだけになってしまうのではないか、という悩みがずっとありました」
横井さんにとっての本質的な問いは、「環境に良い料理」ではなく、「誰にとってもおいしい料理をどう届けるか」だった。
レシピを考える初期段階では、自然の循環そのものを一皿で表現しようとしたという。
しかし、アイデアを料理に落とし込む段階で葛藤が生まれた。
「例えば温かいお肉に冷たいジュレを合わせるような表現を考えたときに、それが本当においしく届けられるのか、それでいいのかという疑問がありました」
先生と議論を重ねながら進めていく中で、横井さんは「思いを伝えること」と「料理として成立させること」のバランスに悩み続けたという。
「料理としての知識がまだ浅い中で、自分の思いを料理で表現することが一番難しかったです」
このプロセスは苦しかった一方で、彼女にとって大きな転機にもなった。
審査員の生江シェフから投げかけられた言葉が、特に強く心に残った。
「環境にいいものを使ってそれを届けるということは、その分野に興味のある人にとっては価値があるけれど、興味のない人からすると、ときに“押し付け”や“暴力”のように受け取られてしまうこともある。でも、美味しさは誰のことも傷つけない。だからこそ、まずは美味しいものを届けることが大切で、そこにチャレンジした今回の取り組み自体に意味がある」
この言葉は、横井さんが抱えていた葛藤そのものにまっすぐ届いた。環境への思いを伝えることと、誰もが素直に受け取れる“おいしさ”を両立させること。その難しさと可能性の両方を改めて考えるきっかけになったという。
横井さんにとって未来のレシピコンテストは、「思いを料理として形にする訓練の場」だった。
これまで関心を持ってきた未利用資源や資源循環、地域性、食と体の関係といったテーマを、抽象的な理念ではなく一皿のレシピとして具体化する経験になったという。
レシピ制作の過程では、食材の背景を調べることの大切さを実感した。どこでどのように生産され、どんな環境や人の手を経て自分のもとに届いているのかを意識するようになった。また、料理の味や見た目だけでなく、環境への影響や社会的な意味を同時に考える必要性を学んだ。
さらに、「環境に良いこと」と「おいしいこと」は対立するものではなく、両立させるための工夫が必要だということを、実践を通して理解したという。
横井さんは2026年4月から、地元企業への就職が決まっている。これまでの学びや経験を活かし、地域食材の価値を伝え食材や食文化を伝承する仕事に携わる予定だ。
横井さんの根底にあるのは、コンテスト以前から一貫して持ち続けてきた「地域と自然をつなぐ食」というテーマだ。
「ずっと変わらず、その地域のものを生かして届けていきたいと思っています。人と人とのつながりや、自然と人とのつながりに、できるだけ多くの人が触れられるようにしたいという思いがあります。強制ではなくて、なんとなく“それいいよね”と思ってもらえるような、ゆるやかなつながりの輪を広げていきたいです。そのために、もっといろいろなことを学びながら、小さなアウトプットを積み重ねていきたいと思っています」
彼女にとって料理は、ただ食べ物を提供する行為ではなく、人・地域・自然をゆるやかにつなぐ表現方法としての手段でもある。
これから未来のレシピコンテストに挑戦しようと考えている人に向けて、横井さんは自身の経験を率直に語る。
「私自身も、コンテストは初めてで、プロの方と一緒に戦うなんて無理だと思っていました。きっと多くの学生が同じ気持ちになると思います。でも、誰かと競うこと自体が目的ではなく、その過程で自分と向き合う時間こそが大事なんだと感じました」
「応募する中で、私は本当にたくさんの矛盾と向き合いました。美味しい料理を作るためにはバターを入れたほうがいい、というような常識がある一方で、それがこのコンテストの軸と合わないこともある。かといって、理想の食材ばかりを全国から集めれば、それ自体が環境負荷になってしまう。考えれば考えるほど迷路に入っていくような時間がありました」
それでも、その葛藤こそがこのコンテストの価値だと感じている。
「大変ではありますが、そうした視点を持って調理場に立つこと、あるいは調理場にいなくても食と向き合うことは、必ず自分の視野を広げてくれると思います。人は誰もが食べることから逃れられないからこそ、この経験はすごく意味があると思います。誰かと競うっていうことに意味があるのではなくて、その向き合う時間がこの先の人生に必ずプラスになると思うので、ぜひチャレンジしてほしいです」
鹿を主役に、鹿が暮らす山の風景を一皿で表現した。葉や栗で森を、里に下りて穀類を食べる様子を重ね、麦で岩や地形をイメージしている。水色の皿は、川や水の循環、そして水によって成り立つ地球そのものを象徴している。
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